2002年6月2日、日曜、晴れ。
今朝方、心地良い夢の中でまどろんでいたところ、娘が枕もとに駆け込んで来て、「パパ! 龍のことやってるよ! TVですごいでかい龍描いてるのやってる!」と叫ぶので、もう少し眠りたかったのですが、龍とあっちゃ仕方ない、多分、建仁寺の天井の龍だな、とTVの前へ。先日、京都国立博物館で建仁寺展を観た際にチラシが置いてあって、小泉淳作画伯が双龍図を描き納めたことを知っていたので。
小泉淳作さんとは直接面識があるわけではありませんが、実はほんの少しだけご縁を感じていました。
一昨年(2000年)の夏、僕は友人の西村明君(アクィーラの草迷宮でおなじみの)夫妻が当時暮らしてた葉山・秋谷のお屋敷に滞在、夏の間のアトリエとさせてもらっていたのですが、その際になにかとお世話になった「秋谷のグレートマザー」と呼ばれる女性が小泉画伯の大親友で、彼女から画伯のお話をたくさん伺っていたのです。ちょうど鎌倉・建長寺の天井の龍を完成されたばかりということでした。なので勝手に親近感を抱いてたのです。
TVの中で小泉画伯が北海道の廃校の体育館で縦11mx横15mの大画面をこつこつと描いていました。そのお顔がどうみても「龍」でした。ときどきインタビューに応じてとつとつと語る言葉が、全てとっても印象に残りました。曰く「人間のある意味でのあこがれなんでしょうね、龍っていうのは」曰く「この大きさだってひとつのなにかの縮図でしょう、本当はもっと大きいはずだ〜ね」曰く「この地球上に出来上がった動物だの生物だのってえものに対して、そういう存在の不思議みたいなものが凝集したものがこういうもの(龍)になってきたんじゃないのかね〜」
画伯は淡々と筆を進め、時には「雲がむづかしい…」なんて言って途方に暮れた、迷子の子供のような顔して立っている。そしてまたもくもくと巨大な画面に向かって薄墨の点点をひとつずつ置いていく。そんなスガタや、コトバや、進んでいく絵、全てに打たれました。スバラシキカナ!
出来上がってお寺の天井に貼られると絵の龍は床で描かれていたときとは違って、水に放たれた魚みたいにいきいきとなって、とても2次元ではなくて、かといって現実の3次元ではない、絵でしか現せないリアリティになっているように見えました。その絵の下に寝転がってたくさんの人が龍を浴びているのがTVに映っていました。
ピピピ…! どうしてあそこに僕がいないんだろう? TVの中で寝転んで出来たての龍を浴びているあの人たちの中に僕がいなくてどうする? 僕は阪急電車に乗っていました。
調べてみると、建仁寺は阪急河原町駅から徒歩ですぐの所なのです。僕はどうしてもTVの中の人のように龍の真下で寝転びたい気持ちを抑えられませんでした。そして、あっという間の後に、その天井の下に寝ていました。スバラシキカナ!
龍は想像以上に大きく、そしてものすごく優しい絵でした。画伯の感じそのままの、これみよがしなところがいっさいない造化。龍の中にほんとうにたくさんの生き物のかたちや気配が溶け合って動いています。左横で寝転がってるおばさんが、鱗じゃなくて葉っぱになってるのがええなあ、と感心しています。然り! 爬虫類とか、狭い領域にココロがいかない。植物のようにも、魚にも、獣にも見え、どれかではない。炎さえ、激しさではなく、淡くピンクに発光して、右隣で寝転がってる男の子が、僕はあれは珊瑚礁やと思う、と言っています。然り! 確かに水の中の世界のようにゆらゆらと水水しいのです。
そしてまだ墨の香りがたっぷりと天井から降りてくるので、いつまでも僕はそこで寝転んでいたかったのです。1時間ばかりそうして龍を浴びて、すっかり気持ちよくなって、帰りに学生時代に時間をたくさん過ごした喫茶店ソワレでゼリーを食べて、また阪急電車に乗って帰りました。
西宮駅から乗ってきたお洒落な若い女性が迷わず僕の座ってる前に立ったのですが、ブルージーンズのジャケットの下まで下りてるファスナーの間の細いVから、中のTシャツが覗くのですが、それがなんと「龍」。
ただVが狭すぎて、龍の鱗や角が見え隠れするのですが、どうしても龍の顔が見えません。電車が揺れるたびに姿勢が崩れて見えそうになるのですが、どうしてもあと一歩覗けなくて。ああもう、両手を伸ばしてジャケットの襟元をつかみがばっとジャケット剥きたい!、などと不埒な感情を押し殺しつつ、三ノ宮駅に到着。世界は「龍」で溢れ返り…。
小泉画伯の双龍図を見て、ようやく僕に、「今、龍を描くこと」の意味、現代においての「龍」の絵の意義、みたいなことがストンと、ココロに収まりました。なるほどな! ならば僕にも、僕なりの「龍」を描くことが出来そうな気がしてきました。いいタイミングですばらしい龍に出会わせてくれたこの世のシカケに感謝です。
西村明君はじめ今日のTVの件お知らせいただいた皆さん、ありがとうございました! この龍をもって6月8日へ向けて「龍」を巡る旅のトドメ、とし、あとは、ひたすらに自らのココロの底へ静かに沈んでいきたいと思います。
寺門孝之
小泉淳作画伯の双龍図
(京都・建仁寺)
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