アクィーラの草迷宮
宗教学徒アクィーラ氏
 
第七回 『連続した(つながった)もの・断絶した(きれた)もの』
 

新=続・草迷宮1
「連続
した(つながった)もの・断絶した(きれた)もの その1」

皆さん、お変りないですか。
日毎暑さがつのります。
そしてすっかり、
ご無沙汰いたしております。
ボクです。
アクィーラです。
実はこの半年余り、
個人的にいろいろなことがあって、
(喜・怒・楽はあったが、幸いにも、哀はなし)
多忙を極め、
この草迷宮、ずっと開店休業しておりました。
この場を借りてお詫び申し上げます。
お忙しいのにもかかわらず、
「てらぴかのえんがわ」を
2年も続けていらっしゃる
おおや大家てらぴかさんには
敬服。
遅ればせながら
2周年&4万カウント
本当におめでとうございます。
慶福。

さて私、
現在秋谷を遠く離れて、
九州は島原に来ております。
九州での調査がメインとなり、
クァズーヨウの出産も重なったもので、
(7月3日に九州男児誕生。クァズーミー。よろしく。)
帰省かたがたの国内留学です。
これから約1年半余り、
こちら島原から、
草迷宮をお届けすることになりそうです。

現在、研究していることはいくつかあるのですが、
主に原爆死没者の慰霊と戦没者の慰霊について調べています。

てらぴかさんのお仕事が、
天を目指して
無重力に飛翔する天使・天女のささやきを
感得することだとすれば、
ボクのほうは
何Gもの重力を受けて、
立つこともかなわず、
地を漂うモノの声に
耳をそばだてる欹てることだと言えましょうか。

また、一方で(というか関連してますが)
近現代日本の宗教史・思想史についても研究しています。
(近代における聖徳太子イメージに関する論文を書いて、
この秋『日本思想史』というお堅い学術誌に掲載します。
いつか、ここ草迷宮でも掻い摘んでご開帳いたしましょう。)

今回の草迷宮では、
それらの研究の中で、最近特に感じている重力のひとおつ、
アクィーラの歴史哲学テーゼ、
「つながった連続したもの・きれた断絶したもの」について、
久方ぶりのご開帳。
「重かろう、堅かろう」
と言わずに、
どうぞ最後まで読んで下さいまし。

歴史を眺めていると、
メルクマールと呼ばれる時点がいくつかあります。
時代の大転換期、
歴史がガラリと音を立てて変わりゆく時。
ゲルマン民族の大移動、
フランス革命、
明治維新、
ベルリンの壁崩壊、
などなど。

そのような変動期には、
それまでのシステムが破綻を来たします。
そこで万一シヴァ神が、
激しくフィーバーしたならば、
そこで歴史は終わります。
すべては無に帰すことでしょう。

しかし、
シヴァさん小躍りしたら、
「歴史のリアル」=バラモン神が、
ちょっぴり顔を覗かせて、
歴史の残滓を掻き集め、
ジュラシックパークさながら、
再び息吹を与えて、
創造の業を成し遂げ給う。
そしてすぐさま、
ヴィシュヌ神の安定した世となるのであります。
(ちなみにヴィシュヌの安泰の世に
もしもシヴァさん踊ってみたら
「おやめなさい」とヴィシュヌに叱られ
歴史は動かず。
バラモンはお寝んね。)

創造神のいたずらとも言うべき、
この再生の業がくせもの曲者で、
再生したものが、
それまであったものの復活なのか、
はたまた全く別物になったのかが巧みに隠されておる。
つまり、
歴史の縫い目が表に来ないような仕組みになっておる。

運が良くてか悪くてか、
その歴史の変わり目を生き延びて、
生き残ってしまったものは、
その困惑をわが身に背負う。
そして、
ある者はアンシアン・レジーム旧体制への帰郷を夢見て、
過去に溺れ、
ある者は新天地でのフロンティアスピリットに燃えて、
過去を忘れる。

他方、
後から生まれし者共は、
縫い目の見えぬ歯痒さに、
つながって連続しておるのやら、
きれて断絶しておるのやら、
と、こまって困惑してしまう。

ここで、人はいろんなケースを
想うだろう。

例えば、第二次大戦。
戦争で亡くなったかれら日本人と
いまここ日本にいる「ぼくら日本人」。
つながって連続しておるのやら、
きれて断絶しておるのやら、
と。

「そりゃ、つながって連続しておるよ。
かれら英霊は平和の礎。
彼らのおかげでぼくらがおるんだ」
と言う者もおれば、
「そりゃ、つながって連続しておるよ。
だから、かれら戦争遂行者の責任は、
ぼくらが取らなきゃ」
と言う者もおる。

しかし、実感としては
けっこおきれて断絶しておったりする。
「断絶?そうだそうだ。
出直して、
一緒に明るい未来を切り開こう」
と言い寄ってくる者もいる。
いや、きれて断絶しておるといってもそうじゃないんだ。
違うんだ。
ただきれて断絶してんだ。
無関係の無関心なのだ。

じゃ、ぼくは誰?何者?
ナショナリスト?
インターナショナリスト?
エコノミックアニマル?
アイデンティティ要らずの
エコノミカル(節約型)アニマル?
コミカルな生き物?

たぶん、そう。
きっと、そう。
内側ではきれて断絶しておるのだろう。
しかし、外側ではちゃんとつながって連続しておるよ。
外からはつながって連続して見えるのだよ。

バラバラなぼくら自我は
ひと他者に見られてぼく自己になる。
ぼくら自我はきれて断絶しておる。
ぼく自己はつながって連続しておる。
Im(アイ・マイナー)「日本」の私。

きれて断絶しておるから、新・草迷宮。
つながって連続して折るから、続・草迷宮。
結局両方、新=続・草迷宮。

奥歯に物の挟まったような言い方。
言いたいことはもうここ喉元まで来てるのに。
この場で言えないのが悲しい。
とりあえず、
次回へ続く。

2001.8.9.
(何ものかに)
合掌

 
*アクィーラの草迷宮トップ
*contents