Today's Terapika寺門孝之です。

Back Number 20040203

 

 2∞4年2月3日、節分、夕食後家族に大豆をぶつけられる。僕は鬼ファンなため鉢巻に箸を二本差し「鬼は内!鬼は内!」と叫んで暴れまくって子供が怖がる。

 朝〜正午は神戸ファッション専門ガッコでお絵描きの指導。

 後、赤川次郎氏の文庫本の表紙絵完成し発送。昼食後息抜きに映画を見ようとシネ・リーブル『ジョゼと〜』へ行くも、本日レディスデイにつき男子は不可で退場(というのは嘘で満席のため諦めて帰る)。

 アトリエで引き続きお絵描き。

 さて、昨日の淡路の話の続きで、倭文という地名を「しとおり」と読むのにびっくりして調べてみた。

 するとこの名の神社はけっこう各地(鳥取、奈良・葛城、兵庫・朝来、岩手・遠野、京都・舞鶴などなど)にあって、「シトリ」「シドリ」「シズリ」などと読むそうだった。そして倭文とは織物の一種で倭の文様の入ったものだそうだ。なるほど倭の文(あや)ということか。

 しかしなんでそれを「シトリ」とか読むかというと「染織」=「シミとオリ」ということだった。ふうっ、「シとオリ」で「シトオリ」それが「シツリ」「シドリ」などになったのだそうだ。ならば淡路の「シトオリ」はかなり原型そのままの読みが残っていることになる。

 また奈良・葛城の倭文神社は加守神社とセットになっていて、その加守というのは蟹守であり、天忍人命という神様が不合尊という神様が誕生する際に海浜に産屋を建て、箒を持って傍らに侍り蟹を払い去った、ということで産婆の神とされている、という説明があった。

 なんでこれが気になったかというと、淡路の倭文を通った際、その手前に掃守という地名があり、「カモリ」と読むことがわかったからで、どうしてか、シトオリとカモリはセットらしいのだった。

 古くからの地名というのは何かのサインで、何かをうったえているように思えるが、その内容を聞き取るにはまだまだ勉強が足りな過ぎる。もっともっと知りたいと希う。

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