2000年5月10日、水曜、晴れ。
昨日からアトリエはむしむしと初夏の気配、暑い。画廊から作品群が戻ってきてしまってアトリエ容積を圧迫、暑い、暑い。
さて、過日「天使」について考察、な〜んて言っておきながら、その後、他の話題に移ってしまいました。この展覧会中も、何回も何回も、天使を描くようになった動機・きっかけについて、説明を求められました。ほんと、質問者をすっきりさせてあげたい気持ちはヤマヤマなのぢゃが、自分でもわからんのぢゃ、そのコタエが(老けて、あるいは山里めいて)。で、また今日、思い出したことがあったので書いてみます。
フィリップ・オットー・ルンゲの「小さな朝」と「大きな朝」
20才の頃、僕は、ドイツ・ロマン派のルンゲという画家の「朝」という絵を何かの本の図版で知り、まるで自分が描いた絵のような、いや自分が将来描く絵のような、なんとも説明しがたい強烈な懐かしさのような感情を抱き、その図版の載っていた頁を切り取って毎日持ち歩き、暇さえあれば眺めていました。当時僕は美学の学生で、そろそろ卒業論文のテーマを決めなくてはならず、僕はこのあまり有名ではない18世紀〜19世紀初頭のドイツの画家について、調べ始めました。
ルンゲは時代としてはゲーテなどと同時代人(ゲーテよりはずっと若いですが、親交はありました)で、画家だけでなく、今で言うアートディレクター、デザイナーや、詩人、童話作家、色彩理論家であり、神秘主義者でもあり、その独自の世界は当時としても大変期待されていたようですが、33歳の若さで病死してしまいます。そんな彼の遺作が下に貼った、僕がかつて夢中になった「朝」という絵です。
「朝」には大小二つのバージョンがあり、そこでは物質から光へ、そして再び物質へかえって、という永遠のサイクルが、様々な種類の天使や妖精のフローチャートみたいに描かれています。はじめにルンゲは「小」を描きましたが、それに満足できず、画面の絵の具自体を光へと昇華させたいという欲望に駆られ、新しい描法を実験・開発しながら「大」に取り組みました。しかし、病に冒され、時間は足りず、結局「大」を完成させることはできませんでした。絶望した彼の遺言によって、彼の死後、「朝(大)」は9つのパートにバラバラに切断されてしまいました。僕にはそのことがとっても黙示的なことのように感じられました。そのバラバラになった天使の循環、物質〜光、自然〜人間〜天使そしてまた自然、といった循環をいつか復活させなくちゃ、「絵」で、という妄想的な使命感のようなものさえ感じました。
また、ルンゲはこの「朝」さえ完成できませんでしたが、本当はそれは「四時」すなわち、「朝」「昼」「夕」「夜」の4つの連作として構想されており、それは人生の4つの時にも対応しており、4枚の絵はそれぞれが関連しあって循環していくように計画され、それらが四方の壁に飾られた部屋は新しい絵画による教会(キリスト教の教会としてではなく)、芸術による宗教的な体験の場所となるだろう、というようなことをルンゲは考えていたといいます。僕には、その感じがよくわかるような気がしました。ルンゲの「朝」をいつかこの目で見たい、と思いました。けれど実際見ていない絵のことを研究するのもはばかられ、卒論では結局、ルンゲの絵はあきらめて、彼が残した膨大な数の植物の切り絵のリストを分析し、ゲーテの原植物論と関連づけて考察することにしました。
で、無事卒業して東京へ出、セツ・モードセミナーに入って絵を本格的に修行しはじめたわけですが、以降、セツ先生に倣って基本的には近代以降の絵画、とりわけフォーブ、をたたきこまれていきましたので次第にルンゲのことも忘れてしまいました。それが、コンピューターで絵を描くようになって再びルンゲのあの感じを思い出し、以前書きました「遺伝子導入天使」などの作品に影響していきます。そうして、今思えばその後、デジタルとおさらばして再び「絵」に向かい始めてすぐ「天使」が現れたのも、もしかするとこのルンゲの「朝」が伏線となっていたのかもしれません。
天使を描くようになって知遇を得た中森じゅあんさんが、天使との出遭いについて語られたとき、僕ははっとしました。じゅあんさんは、青空いっぱいに無数の透明な天使の顔が重なって見えた体験を話されたのですが、それはルンゲの「朝」の背景の青空に描かれた光景とまったく重なりました。
僕がなんで「天使」を描くようになったか、それは今でも結局のところわかりませんし、僕自身はそんなこたあどーでもいいと考えています。でも、20才のころに出遭ったルンゲという画家の存在が、おそらく僕の絵の方向性に影響を与えた、そして今も僕の絵を引っ張りつづけていることは間違いないと思います。ルンゲが構想し、描けなかった世界を、僕は僕の方法で描いてみたいな〜と、今も漠然とそう思っています。
ではまた明日にでも、from
terapika
●「小さい朝」
●「大きい朝」
「天使からのおくりもの」
凰宮天恵/著 ★ 寺門孝之/絵
大和書房 本体1100円+税
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