2000年4月29日、土曜、晴れ。
今日から「てらこや」開講、どんな方たちが集まってるのか、楽しみ。
盟友画家・木村タカヒロ君がメールでステキなコトバのプレゼントを送ってくれたので、ここに紹介したいと思います。
<数年前に見たフンデルトヴァッサーの画集にのってた言葉を思いだしたので、
引用します。 もしかしたら寺門さんも読んだことあるかもしれませんが。
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「思うに、絵画とは宗教的な営みである。衝動は実は外部から、つまり我の知らない何か別のあるものからやってくる。それは定義し難いある力で、やって来ることも来ないこともあり、その力が画家の手を創作へと導く。昔はこの力を指して、
ミューズ(詩神)のなせる業であるとか言ったものだ。この言い方は勿論ナンセン スだが、示唆的ではある。そこで我々にできることは只ひとつ、つまりこの、この世のものならぬ―あるいはもっと別の表現をしても構わないが―衝動が、自分のもとに達することができるような土壌を用意しておくことだ。それは即ち、いつでも衝動に対応できるような態勢を整えておくことだ。ということは、意志を排除し、知性を排除し、『もっとうまくやってやろう』という気持を排除し、野心を排除することだ。私は植物の魔法使いとか、そういう風に呼ばれてみたい。コップを水で
満たすように、私は1枚の絵をいっぱいになるまで魔法で満たす。それはまさに魔法のなせる術なのだ。万事がこのように限りなく簡単で、限りなく美しい。」>
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読んだことありませんでしたが、まーったく、同感です!
「コップを水で満たすように、私は1枚の絵を魔法で満たす」な〜んてそのとおりなんでしょう!
僕は、僕は絵を描く際にモティフである「天使」などそのものについてはほとんど考えませんが、絵の「状態」についてはずっと思っていると、いつかもここに書きました。
画面の全ての部分が「絵」として成り立っていること、あらゆる素材(モティフも含めて)が素材そのものからジャンプして別次元の光を発していること、そうか、それを「魔法」って言っちゃえばいいんだな。
「魔法」、このコトバにならココロアタリがあるんです。魔法、魔術、錬金術・・・あらゆる存在の有り様を変容させる術・・・僕も、僕の1枚1枚の「絵」を「魔法」で満たしたいと思っています、確かに!
木村くん、ステキなコトバをありがとう。木村くんも、魔法の刃で顔面を切りまくって、大展覧会にそなえてください!
ぢゃ、またfrom
terapika
「天使からのおくりもの」
凰宮天恵/著 ★ 寺門孝之/絵
大和書房 本体1100円+税
“
baby oil magic ”
場所 : 美術画廊ギャルリ・ムスタシュ(大阪・心斎橋)
日程 : 2000年4月7日〜2000年5月7日
(詳しくは、“てんらんかい”の“NEXT”でご覧下さい)
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