もう2年前になるが、ある出版社の編集のFさん(男)から連絡をいただき会うことになった。
東京ステーションホテルの喫茶室で初めて会ったその若い人は長身痩せ身で雰囲気のあるきれいな風貌をしていて、どんな話しがあるのだろう?と興味を持った。
彼はおずおずとコピーの束を取り出して、「実は…」と切り出した。
実は…芥川龍之介が書いた「桃太郎」というテキストがありまして、これをかねてから絵本にしたいと思っていました、でもなかなか絵を誰に描いていただけばよいのか決めあぐねていたのです。『DREAM
DREAM』を見て寺門さんにお願いできたらと思い立ち、思い切って連絡してみました…
僕はざあっとテキストに目を通し、途端にココロがさわさわと動き出すのを感じた。
芥川が桃太郎を書いていたことを知らなかった。が、僕は実はずっと以前から「桃太郎」をテーマにいつか絵を描きたい(絵本とは思っていなかったが)と思っており、資料を集めていた。
同時に、ここしばらくずっと「鬼」について追っかけていた。「鬼」とはなんなのか? 調べれば調べるほどに「鬼」に共感し魅力を感じていた。
芥川のテキストはまさに、「鬼」への共感に基づいて、桃太郎を極悪に描いたパロディだったのだ。
それから僕はずっと桃太郎と鬼のことを想いながらその絵本についてイメージを繰り返した。
その間にFさんは出版社を移り、新しい勤め先でこの企画を通してくれた。それが一年前。僕は桃太郎に関連する土地を巡ったり資料を集めたりしながら、いよいよ僕なりの桃太郎像、そして鬼のイメージが降りて来て、去年の暮れから延々、ずっとこの絵本に取り組んできた。
なんと、その間に神戸から東京への移転が急遽決まり、とんでもない慌しさの中で、それでも桃太郎の世界は着々と、静かに深く進んでいった。
4月14日午後4時、ようやく脱稿。あとは造本を待つばかりだ。
僕にとってこの「桃太郎」絵本は神戸での12年間の絵画修行の卒業制作のような作業だった。いままで絵にできなかった色色な感情、イメージを芥川の鮮烈なテキストに導かれて噴出させることが少しは出来たように思う。
そしてちょうど絵本の出る時期に、いつも僕にとって大切な時期にいい展覧会を開いてくださる南青山のピンポイントギャラリーでの展覧会が決まっていた。ピンポイントギャラリーは絵本のコンペティションもつづけておられ、絵本にとても造詣の深いギャラリーだ。出版と同じにここで原画の展示ができるとは、なんともありがたいことだ。すべて、鬼の計らい、ではないだろうか?
本展では絵本「桃太郎」の原画とともに、イメージデッサンや本画制作に使用した下絵なども参考展示してみたいと思っています。今まで僕の絵を見てくださった方はもちろんのこと、芥川龍之介ファンの方、文学好き、絵本好きの方々にも広くご観覧いただき、忌憚無い感想、意見、批判など頂けたらばと思う次第です。どうぞよろしくお願いします。
(寺門孝之)
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