『ドラゴン・フラッシュ』
(てらこあ・ノリコロの見た夢/1999・5・15)
自然に囲まれた、ある田舎町の研究所。わたしはここで受付を任され、事務や雑用の仕事をしている。ここは表向き、漢方薬局のようなところで、先生は普段、受付の奥にある研究室で植物を用いた実験をくりかえしている。
ここには毎日いろいろな人がやってくる。地元の人はもちろんだが、最近では遠方から、医学的に説明のつかないような病の人なども訪れるようになった。いつも来客があると、わたしが症状や要望を詳しく聞いて、先生に報告する。すると先生はそれに合った薬(植物)を処方してくれる。
研究所の裏手には専用の田畑が広がり、ビニールハウスや植物園も備えてあり、ときには先生の指示によって、そこへ指定の植物を採りに行くこともある。受付の手前が待合室になっていて、大きな窓から表の様子がよく見える。待合室には丸い壁掛け時計がひとつ。
よく晴れた昼下がり、派手なピンクのオープンカーが川沿いを走ってきた。二人組の女が車を止めて、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる。ひとりは白地に紺の水玉柄ワンピース。ノースリーブでかなり丈が短い。もうひとりは着物のようなものを身に着けているけれど、胸元が大きく開いている。
”この辺の人たちじゃないなぁ”と思いながら、わたしは、なんとなく緊張した。二人はスラリとした、とても綺麗な女性だった。
「何にでも効く薬をください」
ワンピースの女が受付の前に立つなりそう言った。わたしは正直、ビックリした。ここでは本当に様々な要求にしっかり応えてきたけれど、”何にでも効く”なんて注文は今まで一度だってなかったので。わたしがただ困惑していると、ちょうど先生が奥のドアを開けてこちらへやってきた。先生の顔を見ると、また女は当然のように言った。
「何にでも効く薬をください」
待合室の時計の音だけがする。
しばらくして、決心したように先生が、「どれくらい時間がかかるか、はっきりと分かりかねるんですけど、用意はできると思います」と答えると、二人の女は”もちろん”というようにコクンと頷いてみせた。
先生とわたしは植物園へ向かった。少し歩くと園内はまるでジャングルのようだ。草木を掻き分け、小道をさらに進む。かなり歩いた。右手に池の見える場所で立ち止まり、先生はシャベルで土を掘り起こし、ホウキで掃き散らしはじめた。すると、そこには扉のような蓋がしてあり、開くと、なんとコンクリートの階段が地底へと続いている。
「ここからは僕ひとりで行ってこようと思うので、君はここで待っててください」
言い残して、先生は階段を降りていく。頭には工事現場用みたいな懐中電灯付きのヘルメット。そして先生は深く深く階段を降りていった。
先生の姿が見えなくなると、地底からは風が鳴り響くような音が聴こえるだけ。
ドキドキしながら先生の帰りを待った。どれくらい時間が経っただろう。少し陽が傾いてきた。先生のことが心配だ。二人の女のことも気になる。
”様子を見に戻ってみたほうがいいかもしれない”そう思いはじめた頃、階段を登ってくる先生の足音が聞こえた。
かけよると、地底から戻った先生の髪はボサボサで、服はボロボロになっていた。ところどころ切り傷もある。ところが、わたしは、先生の表情を見て、とても安心した。両手で植物を持った先生が、すごくイキイキとしていたので。先生は少し興奮しているようにも見える。
研究室の方へ戻るとワンピースの女と着物の女は、外でケンケンパをして遊んでいた。わたしたちに気づくと喜んで手をふっている。わたしはなぜか懐かしい気持ちになった。
受付でわたしは、さっきの植物を(根の付いた植物をいつもそうするように)鉢に入れて、ワンピースの女に手渡した。
女が先生に尋ねた。「これは何という植物ですか?」
先生は答える。「コレハ、ドラゴン・フラッシュ、トイイマス」
「この植物が最も効果を顕すのはいつですか?」
「ソレハ、ロクガツハジメノユウコクデス。ソノトキ、コレハ、モットモツヨイヒカリヲハッスルカラデス」(先生は地底から戻ってきてからは、日本語ではない、音楽のようなことばを喋っていた。テレパシーを使うように、その場にいる人には違和感もなく、それで通じていた)
二人の女は丁寧にお礼を言って、大事に植物の鉢を抱え、研究所を後にした。先生とわたしは、微笑みながら車に乗り込む二人の女を見送った。川面がキラキラ光って、空にはピューッと飛行機雲。
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