ボクと松本君、マミちゃんの3人で車に乗ってドライブをしていた。車を運転しているのはボクだった。道は片側一車線できちんと舗装されており、山の中へ続いているようだった。
道は結構渋滞していて、車はゆっくりとしか進まなかった。仕方がないのであきらめて帰ろうか、とボクが二人に言ったところで、寺門さんから僕の携帯に電話がかかってきた。ボクは寺門さんに状況を説明して、もうひきかえそうかと思っている事を告げた。
すると寺門さんは、「こないだ深海君にあげた”方輪磁石(ほうりんじしゃく)”があるでしょ。あれを使いなよ。」と言った。ボクは「そうでしたよね。分かりました。」と言って電話を切った。
ボクは寺門さんから方輪磁石をもらって、車のダッシュボードに入れていたので、早速取り出して使ってみる事にした。
方輪磁石は金属製(ブラス)で円筒形の、長さ15センチほどの筒で、筒の中ほどに長方形のガラス窓がついていた。ガラス窓からは中を見ることができた。中にはクリーム色の筒が入っていて、外側の筒を回すと、中の筒もそれにつられて、しかし逆向きに回転するようになっていた。中の筒には、地名と経度と緯度を示したような数字が刻まれていた。中の筒の回転が止まったときに示された地名の場所に、瞬時にして行く事ができるというのが方輪磁石の機能だった。
ボクは運転をしながら、方輪磁石をゆっくりと回してみた。中の筒がカラカラと回って、そのうちに止まった。中の筒には“笹原(ささはら)”と言う地名が示されていた。
車の外の景色は、見る見るうちにトンネルの中へと変わっていった。周りの車の数も、既に少なくなっていた。
10秒ほど車を走らせると、トンネルを抜けた。道はちょうど高速道路のように、本線と下におりる側道とに分かれていた。側道の方に行くと“笹原”に行くようだった。ボク達は一応、笹原に行って見ることにした。
側道をおりると、信号のある交差点になっていた。信号の下には、“笹原”と書いた標識が付いていた。笹原は、周囲の景観から察するに、どうやら大都市の郊外のような所だった。特に車を降りて何かをするというような感じの所でもなかったので、ボク達はもう一度、方輪磁石を使ってみる事にした。
マミちゃんが「今度はマミがやる」と言ったので、マミちゃんが方輪磁石をまわす事になった。マミちゃんは方輪磁石を手にとって、手の平の上で転がすように方輪磁石を回転させた。すると、方輪磁石は“ホーラー”という地名を示した。車の外の景色は、またトンネルの中へと変わっていった。
トンネルは壁がレンガを積み上げて作られていて、とっても古いトンネルのようだった。道路も未舗装で、砂が多く混じった砂利道だった。他の車は一台も走っておらず、少し不気味な感じがした。ボク達は車をゆっくりと走らせた。車は時々スリップした。
5分か10分ほどでトンネルを抜けると、そこはだだっ広い野原だった。丈の短い草がまばらに生えていて、地面はトンネルの中よりもさらに砂が多く、所々には砂丘のような場所もあった。野原は、右手の山々、左手の暗い森、ボク達が抜けてきたトンネルが貫く大きな岩山、そして、正面の高く奇妙な崖に囲まれていた。
正面の崖は、とても奇妙な雰囲気を放っていた。
その崖には全部で八つのトンネルが掘られていた。崖の両端の右側と左側にそれぞれ三つずつ、そして崖の中央に二つのトンネルがあった。右側と左側のそれぞれ三つのトンネルは、正三角形の頂点を崖の中央に向けるように配置されていた。中央では、二つのトンネルが上下に並んでいた。
しかし、おかしなことに、それらのトンネルのうち、左右のトンネルの全部と中央のトンネルの下側は、コンクリートを塗りこめて頑丈そうに蓋がしてあった。わざわざ掘ったトンネルに蓋がしてある事と、トンネルの幾何学的な配置の光景に、ボクは何か禍禍しい印象を受けた。
3人はこの先をどうやって進むか話し合ったが、結局、中央の上側のトンネルを抜けないことには、ここから帰ることはできそうにないという結論に落ち着いた。そして、取りあえず車を正面の崖の下まで持っていくことにした。
初めにボクが車を運転しようとしたが、タイヤが砂にうずまって、車が進まなくなってしまったので、仕方なく、運転免許を持っていないマミちゃんにハンドルを握らせて、ボクと松本君が車を押す事にした。
30分ほどかけて、やっと崖の下までたどり着いた。初めから分かっていた事だが、どう考えても、崖の中央の上側のトンネルまで車を上げる事は不可能だった。しかも、崖はほぼ垂直で、よじ登ることもできそうになかった。
その時、ボクはハッと思いついた。方輪磁石でここに来たんだから、もう一度方輪磁石を使えば、別のどこかに行けるハズだ。そうやって何度か方輪磁石を使っているうちに、元の場所に帰る事ができるんじゃないか?
ボクはマミちゃんと松本君に、そのことを説明した。すると松本君が「そう言われてみればそうですよね。じゃあ、ちょっとあの丘の上で休憩でもしましょうか。」と言って、少し離れた所にある小高い丘を指差した。
ボク達は丘の上に登った。その丘からは、ちょうど正面に野原を挟んで暗い森が見えた(右手にはトンネルのある崖、左手にはボク達が抜けてきたトンネルが貫く大きな岩山が見える)。そして、ボクは辺りを見まわしてみた。やっぱり何ともおかしい所だった。
天気も良くて、緑もほどほどに多い。空気だってきれいだ。なのに、まるで生命感というものが感じられない。生き物がいる気配みたいなものが、全くしない。それに、あのトンネル。いったい誰が、何のために、あんなことをしたんだろう? ボクはちょっと気味が悪くなった。
ボーッとしていると、ボクの携帯に寺門さんから電話がかかってきた。僕は寺門さんに、自分達がいる場所の事を簡単に説明した。
「とっても荒涼としていて、奇妙な所なんですよ。リゾートとかプライヴェートビーチとか、そういう所とは完全に逆方向の感覚ですね。でも、方輪磁石をあと何回か使えば帰れそうなんで、心配はいらないと思います。」
そこまで話して、ボクは正面の森の、森と野原の境目の辺りに、今まで見た事も無いような生き物が森の中に入って行こうとしているのを見つけた。「生き物!」とボクは、思わず叫んでしまった。寺門さんが、どんな生き物なのかと尋ねたので、ボクはできるだけ詳しく、でも早口で説明した。ボクはかなり興奮していた。
「濃い緑色をしていて、スゴク太い竹のような胴体に、カバの足みたいな足が付いています。体長2メートルくらいです。短い首で、キリンか馬みたいな頭をしています。しっぽはほっそりとしていて、上を向いています。毛は、ないか、もしくはビロードのような毛です。3頭います。」
すると今度はマミちゃんが「人がいる!」と叫んだ。マミちゃんが指差す方を見てみると、緑色の動物が森に入っていったところのすぐ近くに、女の子と男の子が立っていた。女の子の方が数歩前に出て立っていた。ボクは寺門さんに「一回電話を切りますね。」と言って電話を切り、丘を駆け下りて行った。
丘の下まで来たとき、女の子と男の子は結構ボクの近くまで来ていた。相変わらず、女の子の方が数歩前に立っていた。
二人は宇宙服のような服を着ていた。女の子の方はミカン色の服で、胸からお腹の辺りにかけて大きな赤色の菱形の模様が一つ付いていた。男の子の方も同じ服装だったが、色が違っていて、水色の服に黄緑色の菱形の模様だった。
女の子の方がボクに向かって、それ以上こっちの方に来るなというジェスチャーをした。遅れて松本君とマミちゃんも丘から下りて来たので、ボクは二人に「あの女の子が、近寄るなって言ってる」と言った。男の子の方は、後ろからこっちの方をにらんでいた。
女の子は突然話し出した。ボクは、きっと二人とも話す事が出来ないんだと勝手に思いこんでいたので、ちょっと驚いた。「あなた方がここにやって来たので、みんながとっても怖がって、怒っている。どうか早くここから立ち去ってください。」と女の子は言った。
女の子の後ろ、森の方を見ると、とてもたくさんの動物達が森から出て来ていた。さっきの緑色の動物もいた。動物達のほぼ真ん中に、豹柄のライオンがいて、こっちの方をじっと見据えていた。どうやらそのライオンが動物達のボスであるようだった。女の子は、ボク達がこれ以上近づくと、あのライオンが僕達に襲いかかるの知っていて、ボク達を制止したようだった。
ボクは女の子に「すぐに立ち去ります。ちょっと休憩していただけなんです。ボク達は方輪磁石を持ってるんですよ。」と言った。
そしてボクはポケットから方輪磁石を取り出し、女の子の見ている前で方輪磁石をゆっくりと回して見せた。次の瞬間、ボク達は黄色い光に包まれた。そしてボクは目を覚ました。
(2000年1月9日深夜、自宅)
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