< 茶話 >
2000年3月29日

こんにちは。2週間ぶりの更新です。
しばらく籠っていました。
あ、近頃流行りの<引き蘢り>でも<山籠り>でもないですよ。
この秋に出版予定の本の下ごしらえに没頭してたのです。
これがなかなかしんどい作業で、
集めた膨大な資料を全部一気に頭にたたき込みながら、
作ろうとしている本のイメージに向けて整理していくのですが、
何だか延々とトランプの神経衰弱をやっているような作業なのです。
それだけ時間もエネルギーも使いながら、
その時点でははた目にはただの1ページも1文字も本になってないわけで、
そんな時期に、「どれぐらい進んでますか?」
などと出版社から聞かれると辛いものがあります。
でも、この下ごしらえをきっちりみっちりやっておかないと、
いい本にはならないと思っているので、
「これで読者が一人増える」「これでまた一人増える」などと
自らを鼓舞しつつ、作業するのです。
以前Terapika's Todayでてらぴかさんが
画面の下地づくりのことを書いてらっしゃいましたが、
僕の本の下ごしらえ作業の気分とちょっと似てるなと思い、
勇気づけられました。
たとえ見た目には何も描かれていない白い画面でも、
すでに絵は立ち上がりつつあるのですよね。

<茶話その4 神話>

久しぶりに茶室を開けて散歩に出かけたら、
「どこかで春が・・・」どころか、そこいらじゅうに春が来ていて、
フローラエーテルが満ち満ちていました。
僕は基本的には夏が好きなのですが、
やはり今ぐらいの時期の、ユーミンの歌で言えば、
アルバム『OLIVE』で『最後の春休み』から『甘い予感』へと繋がる曲間のような、
なんとも切なくてほのかに甘い空気は、なかなかいいものです。
今日は春の甘さを楽しみつつ、冬のなごりも惜しんで、
ココアを入れてみました。
外では灯油の販売車が「ゆ〜きやコンコ」のいつものジングルにのせて、
「今シーズン最後の販売にまいりました」と告げています。

『どこかで春が』や『雪』も収録されている
岩波文庫の『日本童謡集』と『日本唱歌集』は僕の愛読書の一つです。
気分が落ち込みぎみの時など、パラパラとめくっていると
なぜか気持ちがストンと落ち着いてきます。
読んでいるうちに何かとても大事なものに触れたような気がしてきて、
それが僕の心のツボをさすり、なんとなく心強くさせてくれるのです。

僕の場合、本来あまり懐古趣味の人ではないので、
単なる子ども時代へのノスタルジーがそうさせるのではないと思います。
で、つれづれ、その何かとは何だろうと考えていたのですが、
最近ふと思ったのは、
それぞれの詩の作者の中を流れている<神話性>といったものが、
詩を通して僕の心のツボをさするのではないかということです。
<神話>というと古事記やギリシャ神話のようなものを想像しますが、
僕がここで言う<神話性>とはもっと日常的なものです。
どちらかというとアメリカインディアンやアボリジニの<神話>や
縄文時代の<ヤオヨロヅの神>の考え方に近いのかも知れません。
人間以外の存在(自然や今は亡き者など)が放つ精神性を常に意識しながら、
それらと共存していると考えて日々の生活をおくる感性、
それが僕の言う<神話性>です。
あまりつっこんで書き出すと長くなるのでやめますが、ごく簡単に言うと
たとえば、昔のお年寄りが「<おてんとうさま>に申し訳ない」と
口癖のように言っていた、あの感性のことです。
(なにぶん不勉強でこんなニューエイジ的な言い方しかできませんが、
もしかしてもっといい呼び名や定義がすでにあるのかもしれませんね。)

今の日本ではすっかり絶滅の危機に瀕しているこの<神話性>に、
『日本童謡集』と『日本唱歌集』ではたくさん出会うことができます。
明治・大正・昭和の初め頃の日本にはまだまだ<神話>が生きていたのだなあ、
と羨ましく思います。(一方で時代的に一部軍国主義的な詩もありますが)
そういえば、このところ僕の心のツボをさすってくれるもの、
たとえば『ブエナビスタソシアルクラブ』も、
沖縄も、タイも、バリ島も、川上弘美さんの小説も、
もちろん、てらぴかさんの絵も、
よく考えると、みんな強い<神話性>があるものばかりです。
今僕は京都に住んでいますが、どこが気に入ってるかと考えると、これも
日本の都会の中ではもっとも<神話性>が残っている街だからかも知れません。
人間の幸福感と<神話>が生きていることには深いつながりがあるような気がします。
この<神話性>を取り戻すことこそが、
21世紀に人々が幸福に暮らしていくためのカギだと思い、
日々僕は、その感性の修得に励んでいるところです。

今日はこんなところでお開きです。
どうもお粗末様でした。
それではまた近々に。

2000年3月29日
三枝克之

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